ハイブリッド開発におけるノーコード資産とコード資産の一元管理とデプロイメント戦略
はじめに
企業のシステム開発において、スピードと柔軟性を求められる領域ではノーコード/ローコードが、複雑なロジックや高度なカスタマイズが必要な領域ではプログラミングによるコード開発が採用されるケースが増えています。これらを組み合わせたハイブリッド開発は、それぞれの利点を活かす強力なアプローチとなり得ますが、同時に新たな課題も生じます。その一つが、異なる性質を持つ「ノーコード資産」と「コード資産」の一元的な管理と、それらを整合性を保ちながら効率的にシステムへ反映させるデプロイメント戦略です。
従来のコード開発では、Gitなどのバージョン管理システムを中心に資産管理が行われ、CI/CDパイプラインを通じて自動化されたデプロイメントが確立されてきました。しかし、ノーコードプラットフォームの設定や定義ファイルは、その管理方法やデプロイメントの仕組みがコードとは異なる場合が多く、ハイブリッド環境においてはこれらをいかに統合的に扱い、開発・運用プロセス全体の健全性を維持するかが重要な課題となります。
本稿では、ハイブリッド開発におけるノーコード資産とコード資産の特性を理解し、それらを一元的に管理するための戦略、そして効率的かつ安全なデプロイメントを実現するためのアプローチについて考察します。これは、システム全体のトレーサビリティ、変更管理、ガバナンス、そして運用の効率性を向上させるために不可欠な要素です。
ハイブリッド開発における資産の種類と管理の重要性
ハイブリッド開発環境には、多様な種類のデジタル資産が存在します。これらは大きく以下のカテゴリーに分けられます。
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コード資産:
- カスタムロジック、API、バッチ処理などのソースコード(Java, Python, Node.jsなど)
- フレームワークやライブラリの設定ファイル
- データベーススキーマ定義
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ノーコード資産:
- ワークフロー定義、アプリケーション画面レイアウト、ビジネスルール
- データモデル、連携コネクタ設定
- UIコンポーネントの設定、デザインテーマ
- アクセス権限やセキュリティ設定の一部
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連携・統合資産:
- API連携定義、データマッピングルール
- メッセージキューやイベントバスの設定
- BPMN(ビジネスプロセスモデリング表記法)などによる統合プロセス定義
これらの資産は、それぞれ異なるツールやプラットフォーム上で生成・管理されることが一般的です。コード資産はGitなどのSCM(Source Code Management)で管理されることが多いですが、ノーコード資産はプラットフォーム固有のエクスポート/インポート機能、あるいはAPIを通じてしかアクセスできない場合があります。
一元的な管理が重要となる理由は以下の通りです。
- トレーサビリティ: システムの特定の挙動や機能が、どのノーコード設定とどのコードの組み合わせによって実現されているかを明確に追跡できるようにすること。これにより、問題発生時の原因特定や影響範囲分析が容易になります。
- 変更管理とガバナンス: 誰が、いつ、どのような変更を加えたかを記録し、承認プロセスを経てシステムに反映させる仕組みを確立すること。これは内部統制や外部規制への対応において不可欠です。
- 整合性の維持: ノーコードとコードの間で定義されている仕様(例: APIのエンドポイント、データ構造)に不整合が生じないように管理すること。
- 再現性: 特定の時点のシステム状態(ノーコード設定とコードバージョンの組み合わせ)を正確に再現できるようにすること。テスト環境や本番環境への確実なデプロイメント、あるいはロールバックに必要です。
- 運用効率: デプロイメントプロセスを自動化し、手作業によるミスを削減すること。
これらの重要性を踏まえ、次に具体的な管理・デプロイメント戦略について検討します。
ノーコード資産とコード資産の一元管理戦略
ノーコード資産とコード資産を効果的に管理するためには、いくつかの戦略が考えられます。理想的には、両方の資産を単一のバージョン管理システムで管理することですが、ノーコードプラットフォームの特性によっては難しい場合があります。
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ノーコードプラットフォームのバージョン管理機能を活用する: 多くのエンタープライズ向けノーコードプラットフォームは、自身の環境内でのバージョン管理機能を提供しています。これを利用することで、少なくともノーコード資産自体の変更履歴管理は可能です。しかし、コード資産との連携や、プラットフォームを跨いだ一元管理という観点では限定的になる可能性があります。
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ノーコード資産をコードリポジトリで管理可能な形式でエクスポートし、コードと併せて管理する: 一部のノーコードプラットフォームは、設定や定義をYAML、JSON、XMLなどのテキストベースの形式でエクスポートする機能を提供しています。これらのファイルをGitリポジトリに取り込み、関連するコード資産と共に管理することで、履歴管理やブランチ戦略をコードと同様に適用できます。これはGitOpsなどのアプローチと親和性が高い方法です。ただし、エクスポートされる形式がプラットフォームに依存すること、またエクスポートできない設定が存在する可能性に注意が必要です。
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メタデータ管理層を設ける: ノーコード資産とコード資産の実体はそれぞれの場所に置いたまま、これらの資産に関するメタデータ(例: 資産の種類、場所、現在のバージョン、関連する変更リクエスト)を一元的に管理する仕組みを構築します。これはCMDB(Configuration Management Database)や専用の資産管理ツールを用いて実現できます。変更管理プロセスにおいて、このメタデータ層を通じて関連資産のバージョンを確認・連携させる運用を行います。
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Gitリポジトリを統合的な変更管理の中心とする: すべての変更要求や機能開発をGitのプルリクエスト/マージリクエストを起点として管理します。コード変更はもちろん、ノーコードプラットフォームへの設定変更が必要な場合も、その変更内容を示すドキュメントやスクリプト、あるいはエクスポートしたノーコード設定ファイルをプルリクエストに含めます。承認プロセスを通じて変更がマスターブランチにマージされたことをトリガーに、後述のデプロイメントプロセスを開始します。
現実的には、これらの戦略を組み合わせて採用することが多いでしょう。例えば、ノーコードプラットフォーム内でのバージョン管理を基本としつつ、重要な設定はコードリポジトリにもエクスポートして管理し、さらに変更管理のワークフロー全体をGit中心で回すといったアプローチです。
ハイブリッド開発におけるデプロイメント戦略
資産管理の課題を解決したとしても、それらの資産を開発、ステージング、本番などの各環境に反映させるデプロイメントプロセスは、ノーコードとコードで異なる特性を持つため、特別な考慮が必要です。
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デプロイメントの自動化: 手動での設定変更やファイルのコピーは、ヒューマンエラーのリスクを高めます。ノーコード資産のインポート/エクスポート機能やAPI、コードのデプロイスクリプトなどを活用し、可能な限り自動化されたパイプラインを構築することが重要です。
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環境間の差異管理: 環境ごとに異なる設定(データベース接続情報、APIキーなど)は、パラメータ化して管理する必要があります。ノーコードプラットフォームが環境変数や設定ファイルの外部化に対応しているか確認し、対応していない場合はコード側のデプロイスクリプトで環境固有の設定を適用するなどの工夫が必要です。
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デプロイメントの順序と依存関係: ハイブリッドシステムでは、コードのデプロイメントとノーコード設定の反映の間に依存関係が存在することがあります。例えば、新しいAPIエンドポイントを提供するコードをデプロイしてから、そのAPIを利用するノーコードワークフローを反映させる、といった順序です。これらの依存関係を考慮したデプロイメントパイプラインの設計が求められます。
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ロールバック戦略: デプロイメント後に問題が発覚した場合に備え、迅速かつ確実に以前の状態に戻せるロールバックの仕組みを用意しておくことが必須です。コードの場合は過去のコミットに戻して再デプロイするのが一般的ですが、ノーコード設定のロールバック方法はプラットフォームに依存します。プラットフォームのロールバック機能を確認するか、デプロイ前に現在の設定をバックアップしておくなどの対策が必要です。
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IaC (Infrastructure as Code) との連携: サーバー、データベース、ネットワークなどのインフラリソースに加え、ノーコードプラットフォームの環境自体や基本的な設定(ユーザー、権限など)もコードとして管理(Configuration as Code)することで、環境構築の再現性を高め、デプロイメントパイプラインの一部として自動化できます。
これらの戦略を組み合わせることで、ハイブリッド開発におけるCI/CDパイプラインを構築・強化できます。例えば、Gitへのマージをトリガーに、テスト済みのコードがビルド・コンテナイメージ化され、同時にエクスポートされた最新のノーコード設定ファイルが成果物として準備されます。デプロイメントステージでは、自動化されたスクリプトやツールが、コードをデプロイし、ノーコードプラットフォームのAPIを通じて設定を反映させます。
組織とプロセスへの影響
ノーコード資産とコード資産の一元管理およびデプロイメント戦略は、技術的な側面だけでなく、組織やプロセスにも影響を与えます。
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開発チームと運用チームの連携強化: 開発者がノーコード設定の変更も行い、それがデプロイメントパイプラインを通じて本番環境に反映される場合、運用チームとの連携が不可欠です。両チームが共通のツール(例: Git)やプロセスを理解し、協力してパイプラインを運用する必要があります。DevOpsの考え方を強く推進することが有効です。
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市民開発者との連携: 事業部門の市民開発者がノーコードプラットフォーム上でアプリケーション開発を行う場合、プロ開発者との連携モデルを明確にすることが重要です。どこまでの開発は市民開発者が行い、どこからプロ開発者が関与するのか、そして市民開発者が作成した資産をどのようにプロ開発者の管理するリポジトリやパイプラインに乗せるのか、ガバナンスと併せて検討が必要です。
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スキルセットの変革: プロ開発者は、コード開発スキルに加え、利用しているノーコードプラットフォームの特性、API、エクスポート可能な形式、そしてデプロイメント関連機能についての知識も必要になります。
まとめ
ノーコードとコードを組み合わせたハイブリッド開発は、現代のビジネス要求に応える強力な手段ですが、異なる性質を持つ資産の管理とデプロイメントは、その成否を左右する重要な課題です。本稿で述べたように、トレーサビリティ、変更管理、整合性の維持、再現性、運用効率といった観点から、一元的な資産管理と自動化されたデプロイメント戦略は不可欠です。
ノーコード資産の管理方法やデプロイメントプロセスはプラットフォームによって異なりますが、ノーコード資産をテキストベースでエクスポートしてコードと共に管理する、Gitを中心とした変更管理ワークフローを構築する、デプロイメントを自動化しロールバック可能な仕組みを用意するといったアプローチは、多くの環境で適用可能です。
これらの戦略を着実に実行することで、ハイブリッド開発の潜在能力を最大限に引き出し、変化に強く、信頼性の高いシステムを構築・運用することが可能となります。組織やプロセス面での変革も伴いますが、ガバナンスを効かせつつ開発スピードを維持するためには、避けて通れない取り組みと言えるでしょう。